社会参画学習

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社会参画学習論について基本的理解をしておこう

 

平成20年版学習指導要領は「社会参画」力の育成を社会科が志向すべきものとして掲げた

 

しかし、“そもそも「社会参加」と「社会参画」はどう異なるのか。文部科学省(以下、文科省)が「参加」でなく「参画」を採った意図はどこにあるのか”、筆者にはわからなかった。この疑問が氷解したのは、教科調査官、澤井陽介の講演を聴いたときである。

 

平成2110月、北海道旭川市で全道社会科連盟研究大会が開かれた。そこで澤井は講演を行い、「社会参画」という語を選んだ理由についておよそ次のようなことを述べた――「参加」は実際に何かの活動をすることを意味するが、「参画」はそこまではいかない。活動のための計画段階でとどまってよい――。

 

踏み込んだことを言えば、要するに社会科を認識教科にとどめ、実際の行動を必要とするまでには変えなかったということであり、特別活動と社会科との間にある境界線は保持されたということである。

 

ここではこれを受け「社会参画」力を次のように定義しておく――「民主社会の担い手として、確かな社会認識に基づいてよりよい社会関係を構想し、さらにそれを具現化するための諸手段を考え、実践しようとする社会的態度を有すること」が、社会科における「社会参画」力である――。

 

 

「社会参画」力育成の授業を構想するにあたって、筆者が参考にしたのは、最近の学会における次の二つの発表であった。

 

 

まず、平成2310月、北海道教育大学札幌校において行われた日本社会科教育学会(以下、日社学)の課題研究「『社会参画』に基づく社会科授業のあり方」である。これは唐木清志(筑波大学)がコーディネーターを務め、現段階における小・中・高、それぞれの実践事例を示し、それを手がかりに「社会参画」力を育成するために、それぞれの校種においてどのような授業が可能か熟議しようとするものであった

 

参加者から出された質問も踏まえたまとめのなかで、唐木はおおよそ次のようなことを述べた:社会参画の力を伸ばそうということで、小学校の多くの授業で力点が置かれているのは「確かな社会認識力の育成」であり、中学校では「意思決定力の育成」である。そして高校になると「提案」となるが、自分はこれでよいかと問われると疑問を持っている、と。

 

もし唐木の言うとおりであるとするなら、「社会参画」力を育成するための新しい社会科授業構成パラダイムは(いま)だに生み出されていないことになる。社会認識、意思決定、提案、そのいずれも従来から社会科授業づくりで採られていたものだからである。したがって、「社会参画」力についてもっと突き詰めて考え、これらとは別の発想に拠り授業モデルなり授業プランなりを構築する必要があると思わされたのである。

 

 

今一つは、平成24年2月に兵庫教育大学で開かれた社会系教科教育学会(以下、「社会系」)の課題研究「地域再生とコミュニティをどう扱うか」である。

 

吉水裕也(兵庫教育大学)がコーディネーターを務めたこの課題研究では、「社会参画」力をどう育てるかという問題は正面切って出されていなかった。しかし、小・中・高いずれの提言も地域社会の担い手として地域を改善するための力を子どもたちに育むにはどのよ

うな社会認識や技能を啓培(けいばい)するのが適切か、またそれを通じてどのような社会あるいはコミュニティの担い手意識を醸成することが適切かを具体的に示したものであった。すなわち、いずれの提言も単に科学的認識をさせれば十分という社会科観を遠く離れ、次のような主張を根底に持つものであった――“自分の住む地域を真の意味でのコミュニティにするための社会認識が必要である。それにはコミュニティ形成・改善に成功した他地域の事例を学習内容とし、それにより自分の住む地域の問題状況とそれを超克するための手がかりを考えさせるべきである。さらにそれに基づいて現状を改良しなくてはいけないという意識を子どもたちに育む必要がある。それには、小・中・高それぞれの校種にふさわしい提案や周囲への働きかけを子どもたちに考えさせる必要がある” ――

 

これは学習者に直接行動するところまでは要求していないが、それにつながる認識や構想力、そして諸手段について考える力を育成しようという提案である。吉水らの提言を「社会参画」力育成の授業構想とした所以である。

 

しかし「社会参画」力の育成とは未来の行為者(アクター)に必要な力を育成することだと考えたとき、吉水たちの実践事例と提言すら不十分なのではないかと考えるようになったのである。

 

 

 

そうした隘路を抜け出すためには、たとえば雪国に住む独居老人に対して、政府や自治体は何をなすべきか・何が出来るか、ボランティアグループやNGONPO法人についてはどうか、企業はどうか、独居老人の(遠く離れて住んでいる)家族や親族はどうかという具合に、後述する公私の視点をふまえ、それぞれの社会的役割を担う者が何をなすべきか、何が出来るかなど、アクターを明確にした上でなすべきこと・出来ることを考えさせるべきである。そうしてこそ初めて、子どもたちの提案はリアルなものに近づき、「社会参画」力の育成につながるのではなかろうか。

 

以下、まず社会的役割とそれを社会科カリキュラムのあるいは授業の主軸構成要素にする意義について論述する()。次いで、教材としてとりあげた春日部市の障がい児に対する社会福祉策ならびに障がい児及びその家族を対象としたボランティア活動に取り組む文教大学の「なずなの会」の活動について論述する()。その後、授業モデルと授業プランを示す()。最後に成果と今後の課題について簡潔に述べる(おわりに)。

 

この後は、次の文献に載っています。

 

吉田正生 2017 『Let' s Do  社会科(第2版)』(文教大学出版部)